つてな治療薬
患者さんにけるために

つてな治療薬
患者さんにけるために

原発性腋窩多汗症は、暑さや緊張などの影響とは関係なく、脇の下に大量の汗をかく疾患である。
衣服の交換やシャワーが頻繁に必要になる、汗の不快感で精神的な苦痛を受けるなど、
日常生活に支障をきたす疾患でありながら、長らく有効な治療薬が存在していなかった。
この原発性腋窩多汗症に対する日本初の治療剤として、2020年9月に製造販売承認を取得したのが科研製薬の「エクロック」だ。
プロジェクトが発足したのは2015年4月。
その裏側には「1日も早く安全な医薬品を届けたい」というメンバーたちの想いがあった。

  • NAME
    S.T.
  • OCCUPATION
    研究職(プロジェクトマネージメント)
  • JOINED YEAR
    2008年入社
  • EDUCATION
    薬学研究科 分子薬科学専攻
  • DEPARTMENT
    研開企画部 プロジェクト推進グループ
  • NAME
    H.I.
  • OCCUPATION
    研究職(CMCセンター)
  • JOINED YEAR
    2008年入社
  • EDUCATION
    自然科学研究科 物質生命工学専攻
  • DEPARTMENT
    研開企画部 プロジェクト推進グループ
  • NAME
    M.A.
  • OCCUPATION
    臨床開発職
  • JOINED YEAR
    2005年入社
  • EDUCATION
    医学系研究科 国際保健学専攻
  • DEPARTMENT
    臨床開発部 第2グループ
  • NAME
    N.K.
  • OCCUPATION
    研究職(新薬創生センター)
  • JOINED YEAR
    2007年入社
  • EDUCATION
    薬学研究科 製薬学専攻
  • DEPARTMENT
    新薬創生センター 薬物動態・安全性部 安全性グループ
*4名とも所属は取材当時の情報です

メリの製薬会医薬品開発がまっ

脇の下の多汗症は、世界のどこにも治療薬がない状態が続いていた。命にかかわる病気ではないが、
衣服に汗染みができたり、勉強や仕事に集中できなかったりなど、日常生活のQOLを大きく下げてしまう疾患だ。

その治療が期待できる新規化合物を、アメリカの研究チームが創薬し、米Brickell Biotech社(以下BB社)が米国での開発をスタートした。
そこで、科研製薬は2015年3月にBB社とライセンス契約を締結。
同社が開発する多汗症治療剤BBI-4000を日本でも製品化すべく、プロジェクトが発足した。
そのプロジェクトマネージメントを任されたのがS.T.だった。

プロジェクトは、臨床開発、原薬、製剤、薬理、薬物動態、毒性分野などの各部署からリーダーが任命され、それをプロジェクトマネージャーが束ねるというものでした。まずは各部署が何から取り組むべきか、タスクとスケジュールを洗い出し、開発計画をまとめました。

治療剤はすでにアメリカで先行して臨床試験が進められ、患者さんへの投与が始まっていた。
しかし、外国人と日本人では、体質も薬の効きも異なる。海外で得られたデータを活かしながら、日本で実施すべき内容について検討が進められた。

海外ではどこまで研究が進んでいるのか、そのデータは日本でも認められるかなど、担当者を交えて議論を重ねました。プロジェクト発足後2~3ヵ月は、電話会議をしたり、アメリカに出張したり、かなり小まめにBB社とコミュニケーションを取っていました。

臨床試験はフェーズ1、フェーズ2、フェーズ3と段階を追って進められる。
臨床開発部のM.A.は、BB社の状況を踏まえながら各フェーズで必要な治験を計画し、実行する役目を担っていた。

フェーズ1では、健康な少人数の被験者に対して、背中に薬剤を少し塗り、皮膚の反応を見ることとしました。強い刺激がある場合は、日本人の患者さんには使えないと考えたからです。さらにフェーズ2では実際の患者さんを複数のグループに分け、プラセボを含む異なる濃度の薬剤でその効果を確かめることとしました。

フェーズ1は2016年1月から行われ、刺激について問題がないことがわかった。
しかしその一方で、製剤部のリーダーを務めていたH.I.は、治験に使われている製剤に、ある問題が生じることに気がついていた。

に真摯に安全な医薬を届けた

H.I.が担当する「製剤」とは、薬剤を使用目的に適した形に加工する工程を指す。
製造方法の設計や、治験薬の製造、商用時の生産工程を設計するのも製剤部の役割だ。

臨床試験はBB社が設計した治験薬を用いて行い、承認申請まで進める予定だった。
だがH.I.が日本で同じように治験薬を製造してみると、添加剤の一部が沈殿し、再分散できないことがわかった。

治験薬の均質性を考えれば、改良が必要なことは明白でした。しかし、BB社も自信を持って送り出した治験薬ですから、ただ現象を報告しただけでは納得してもらえません。裏づけとなるデータを多数用意して、今のままでは沈殿を解消できないことを丁寧に説明しました。

治験薬が変更されれば、やり直しが必要な試験も出てくる。
全体的な計画に影響が出ることは避けられない。プロジェクトマネージャーのS.T.は報告を受け、社内外に調整を図った。

BB社はすでにフェーズ2まで進んでおり、治験薬の変更によるインパクトは当社より大きなものになります。毎週のように先方と電話会議を重ね、最終的に納得してもらえました。また社内では、複数の部署が連携して治験を進めているため、スケジュールの再調整はまるでパズルのように複雑でした。

2015年11月に治験薬の見直しが決まり、H.I.は別の添加剤を検討した。だが、その半年後の2016年5月に、また別の問題を発見する。
経年劣化によって治験薬内に分解物が増加し、粘度も低下することが判明したのだ。

もし2回目の治験薬変更を行うなら、安定性確認も含めると最低6ヵ月はかかる。
2017年4月には科研製薬もフェーズ2を始めるため、各所への調整も考えると、残された時間は少なかった。

厳しい状況だと認識していましたが、科研製薬の製剤設計は「最低でも2年間は安定であるものを供給する」のが大前提です。このままでは患者さんがリスクを負う可能性もあり、どうしても検討したいと交渉しました。結果的に、2回目の治験薬変更は認められましたが、「自分が変更を主張したせいで治験が失敗したら」と思うと、最後まで気が気ではありませんでしたね。

困難な状それぞれがせば打開

フェーズ2を前に、治験を担当するM.A.は「どうやれば薬効を評価できるのか」と悩んでいた。
効果を証明するには、脇汗の量を測り、薬によってその量が減ったことを示せば良い。
だが、脇汗は精神状態によって出る時と出ない時があり、測定結果がバラつくことが想定された。

多汗症の測定はほぼ前例がないんです。論文を調査したり、大学で多汗症を研究する先生に相談したりして、測定法の試作を繰り返しました。脇の下の形状を把握するために、自分の脇の下に墨を塗って、大きさを測ったりもしましたね。最終的に紙で汗を吸収することにし、チームメンバーの協力のもと、短時間で測定できる手順を確立していきました。

フェーズ2では、濃度や用法を変えながら実際の患者さんに治験を行い、「このやり方なら薬の効果を証明できる」という最適解を導く。
フェーズ3ではその手法を用いて広く臨床試験を行い、薬として認められるかどうか結論づける。

また、臨床試験と並行して、動物を使って安全性を評価する非臨床試験も行われた。これを担当したのが、薬物動態・安全性部のN.K.だった。

各フェーズで必要な安全性試験は決まっており、最も長期間かかる「がん原性試験」は動物投与に2年、結果の評価に1年を要します。もともとプロジェクトが開始された当初から、スケジュールがタイトなことはわかっていました。しかし、そこに製剤の変更による遅れが生じたため、スケジュール調整は苦労しましたね。

臨床試験のフェーズ2、フェーズ3はN.K.が取得するデータをもとに開始される。
すなわち、非臨床試験の遅れはプロジェクト全体の遅れにつながってしまうのだ。そのため、いかに前倒しで終えられるかが重要となった。

承認申請までのスケジュールを予め確認し、必要なすべての試験を前倒しで進行することにしました。試験の委託先とリアルタイムに情報交換するなどして、最終的にがん原性試験は3ヵ月前倒しで終わらせ、予定通り申請を行うことができました。

治療薬の名称は、社内で公募することにした。「画期的な薬が開発されたことをもっと知ってもらいたい」とS.T.が発案したのだ。
すべての社員を対象に応募を募り、集まった数百通から選ばれたのは、
薬が作用する「エクリン汗腺」と、汗を止める「ブロック」という意味が込められた「エクロック」だった。

成功経胸に科研製薬だ医薬

こうして、2019年11月に厚生労働省への承認申請が行われ、審査を経て、2020年9月に「エクロック」は承認された。

約4年半という開発期間は、科研製薬の中でも記録的な短さだった。
難易度の高いチャレンジを成功させたメンバーたちは、この経験をさらに次の医薬品開発に活かしていくと話す。

大小様々なトラブルはありましたが、高いモチベーションと信頼関係があったからこそ、厳しいスケジュールが実現できたと考えています。これから先、科研製薬は海外での医薬品開発も視野に入れています。プロジェクトマネージャーとして、さらに広い世界で活躍できるように、日々の業務をオープンマインドで取り組んでいきます。

本プロジェクトを通して、リスクコミュニケーションの重要性を改めて実感しました。リスクマネージメントに基づいて、求められるデータをタイムリーに提供できれば、研究開発のスピードアップにもつながります。困っている患者さんに新たな医薬品をいち早く届けることに貢献していきたいです。

本プロジェクトのあとは、小児の難治性疾患に対する治療薬開発に携わっています。「エクロック」では目指す薬剤と現状とのギャップを分析し、自分たちが何に注力すべきかを全員が考えて動いていました。この経験と、頼りになる仲間とともに、当社だからこそできる特徴的な医薬品を送り出せたらと思います。

承認後、娘と訪れた病院にエクロックのポスターが貼ってありました。「この薬をつくるのにお母さんも頑張ったよ」と話をし、家族に誇れる仕事をしていることを嬉しく思いました。本プロジェクトでは部署を超えた多くの人たちと関わり、業務を通じて毒性全般の知見もさらに身につきました。この学びと経験を、後輩たちにも受け継いでいけたらと思っています。

どんな壁にぶつかっても、またどんなに時間がかかっても、絶対に患者さんのためになる製剤を世に送り出す。
その品質は、科研製薬として妥協しない。そんな想いを持った社員たちは、今日もそれぞれの現場で新たな医薬品と向き合っている。