社員の

「科研製薬への入社理由」や「入社前後のイメージギャップ」など、働いてみてわかる会社のことや仕事のことについて、
様々な年代の社員たちにアンケートで回答してもらいました。

  • 科研製薬に入社した理由を教えてください

    • 他社にはない魅力的な製品を強みとしているところに惹かれました。科研製薬の製品はそれまでにない画期的なアプローチの製品ばかりだったので、医薬品が発売された後の「育薬」するよろこびを医療関係者と共有できると思い、入社を決めました。

    • 学生時代に学んだ知識を発揮できる職種として、製薬会社の研究職を志望。当時、科研製薬が世界初のヒトbFGF製剤フィブラストスプレーを発売したばかりで、再生医療の先駆けとしての存在感を発揮しており、業界をリードするような創薬に携わりたいと考え、入社しました。

    • 学生の頃、医薬品による副作用で全身に発疹が生じた経験から、医薬品の安全性に興味を持ちました。科研製薬は研究職や開発職だけでなく、医薬品の安全性において重要な薬制部門職も募集していたことから、志望しました。

    • ニッチな製品を扱っているため、科研製薬でしか貢献できない疾患や患者さんがいることが最大の魅力でした。また、社内には学閥や学歴を重視するような雰囲気がなく、公平な評価がされると聞いていたことも、決め手の一つです。

    • 母がアルツを使用しており、科研製薬の存在は知っていました。興味を持ったきっかけは、皮膚科と整形外科に強みがあることです。また、セプラフィルムを取り扱っていることから、他の製薬会社のMR職ではできない手術の立ち会いもできることに惹かれて入社しました。

    • 大学院で微生物やタンパク質関連の研究をしていたため、バイオ医薬品に興味を持っていました。科研製薬は、トラフェルミンや発酵関連の製品を扱っていたためエントリー。選考の中で、社員と話をして、こんな人たちと働きたいと思えたことで入社を決意しました。

    • CMC領域の製剤業務を担当できることに魅力を感じ、科研製薬に入社しました。開発初期ステージの製剤開発検討から後期ステージのスケールアップ検討まで、あらゆる段階に携われることは製剤研究者として成長につながると考えました。

    • 科研製薬の主力製品である関節機能改善剤「アルツ」や爪白癬治療剤「クレナフィン」は、高齢の患者さんを主なターゲットにした製品であり、今後ますます加速する高齢化社会においては多くの患者さんに貢献できると予想して、入社しました。

  • 入社後思ったより良かったことを教えてください

    • 入社前は社会人の洗礼として、上司や先輩から厳しい指導があることを覚悟していましたが、実際はそんなことは全くありませんでした。皆、優しく尊敬できる方ばかりで、丁寧に仕事を教えてもらえました。

    • 開発薬から既存薬まで、幅広い研究業務に携わることができました。入社前は製品の開発ステージによって仕事内容が大きく変わることはないと思っていましたが、実際は異なる部分がたくさんあり、それらすべてを経験できるのは良かったです。

    • 入社したての頃に驚いたのは、2・3年目の若手研究員にも創薬テーマを提案する機会をもらえたことです。年次にかかわらず、積極的にアイデアを発信できる環境があることはすごく嬉しかったです。

    • 職場の先輩や上司は気兼ねなく相談でき、会議でも積極的に発言を求められるので、構える必要がなかったこと。また、社内ではパイプラインに入っていない、多くのプロジェクトが進行しており、様々な案件に携われることは嬉しかったです。

    • 優しくて楽しい同期がたくさんいました。今はそれぞれが家庭を持ち、コロナ禍もあって集まることは難しいですが、本社・京都・静岡の各拠点の同期が集まって旅行に行ったことは良い思い出です。

    • 上司や先輩は、とても良い人がたくさんいました。私が配属された営業所は若手が多いため、若手勉強会などで製品知識や周辺知識を教えてもらえたり、説明会の練習をしたりと、色々とサポートしてもらえる環境があるのは有り難かったです。

    • 先輩が、自分の成長をよく考えてくれていると感じられること。若手でもある程度の裁量権があり、やりがいのある仕事を任せてもらえるのは嬉しかったです。また、若手の交流が盛んだったことも良かったです。結婚前は、毎週のように仲間と集まって出かけていました。

    • 好意的なドクターが多いことは予想外でした。また、他社の医薬品に製品力で勝っていると感じられたことも、良いイメージギャップだったと思います。あとは、住宅補助や出産一時金、子ども手当などは大変助かりましたし、ここまで経済的に不自由がないとは思いませんでした。

  • 入社後思ったより残念だったことを教えてください

    • MR職の仕事は想像以上に「営業」に近い仕事です。もちろん、実際に行っていることは「情報提供」ですが、会社としてはきちんと売上目標が設定されているので、そこは社会人として役割を果たすことが求められます。

    • PCソフトウェアに精通している人が多くないことでしょうか。事務作業に限らずほとんどの業務はPC上で行います。そんな中でPCソフトウェアに詳しい人が多くなれば、エラーなどの対応に時間がかからず、作業の効率化につながると感じます。

    • 扱っている製品数が入社前の想定をはるかに超えていたため、疾患の周辺知識も含め大量の情報をインプットする必要があり、自己学習するツールが少なくて困ったことがありました。今は、個々でも学習できる環境は整いつつあると感じています。

    • お昼休憩の45分は想像以上に短く、食べるのが遅い自分はあまり外食ができません。あとは、本社がある東京の駒込はオフィス街ではないので、都会的なところで働きたいという人にとってはイメージギャップになるかもしれません。

    • 試薬や実験機器の購入が、大学の研究室よりも大変だったところです。入社前は大学の研究室に比べて資金が豊富であるため、気軽に買えると思っていました。実際は当たり前ですが、購入する際はその必要性をきちんと説明し、予算管理部門に理解してもらう必要があります。

    • 生まれも育ちも静岡県なので、就職したら他県で暮らしてみたいという憧れがありました。科研製薬は研究施設が静岡と京都にあるということで、京都で働くことを淡く期待していましたが、静岡に配属されたことが少し残念でした。しかし、配属先で人に恵まれたため、結果的には良かったです。

    • 以前は、制度や福利厚生制度が時代と合っていないと思っていましたが、現在は少しずつ改善されていると感じます。あとは近年、製薬業界の品質規制の強化や海外展開による対応により、少し煩雑な業務が増えてきたのが残念です。

    • 当時の社風は現場に出て仕事を覚えろといった感じだったと思います。現在のパーソナルコーチといった制度はなく、研修後「一人で営業に行ってこい」といった感じでした。私はあまり気にならなかったですが、そうでない同期もいたようでした。

  • 入社から現在までで一番の失敗は何ですか?

    • 30名以上のドクターが参加する対面のセミナーで、持参したプロジェクターが機能せず、スライドを投影できなかったことがトラウマです。口頭で説明はしたものの、きっと伝わっていなかったと思いますね。この経験から、事前準備は徹底するようになりました。

    • 入社から数年が経ち、周囲に業務を指示する立場になった頃は、周りに頼ることが苦手でした。その結果トラブルが発生すると、ひとりで何とかしようとするものの対応できず、周りに相談した時には、時すでに遅しという状況を招いてしまったことがあります。

    • 講演会をドクターにお願いした際、資料などについて事前の説明が不足しており、お叱りを受けたことがあります。些細なことでも、きちんと細かく説明することの重要性を学んだ経験でした。

    • ドクターとのアポイントに5分遅刻して、面会禁止となったことがあります。予想外の渋滞に巻き込まれたことが原因でした。それ以降、アポイントの際は余裕を持って行動しており、同じ失敗は二度としていません。

    • コロナ禍前、担当していた研究テーマについて月に1度は本社・静岡・京都のリーダーが集まり、担当者会議を開催していました。ある時、開催地が京都だったのに、誤って本社に出張してしまったことが一番の失敗です。本社からリモートで参加し、笑って許してもらえました。

    • ある医薬品の申請用試験で責任者として試験をしていたところ、試験をやり直さなければならないほどのミスを犯してしまいました。しかし、先輩から怒られることはなく、ミスをしないようなシステムをつくろうと提案され、ミスを責めるのではなく、失敗しない仕組みづくりの大切さを学びました。

    • 入社間もない頃、意識が売上に偏り、情報提供ではなく売り込みのニュアンスが強く出てしまったことがあります。製剤の良い点を列挙した結果、医師から採用しないとはっきり言われました。「患者さん」について先生と話し込みができていなかったと猛省。それ以降は有用性に偏らず、安全性情報や気をつけるべき用法などガイドラインに則った情報提供活動を遵守しています。

    • 滴下して加えるべき試薬を一気に加えてしまい、反応を暴走させてしまったことがあります。反応スケールが小さかったため、大惨事にはなりませんでしたが、貴重なサンプルを無駄にしてしまいました。一つひとつの反応について、入念に確認した上で実験に取り組むきっかけとなった出来事です。

  • 入社から現在までで一番嬉しかったことを教えてください

    • 自身が作成した試験法が、実際に品質試験で採用された時が嬉しかったです。研究職は結果が出るまでに長い時間がかかるため、成果が見える形として残せて評価されたときは、ようやく医薬品を生み出すことに少し貢献できたことを実感しました。

    • テーマ開始時からテーマリーダーとして携わったプロジェクトにおいて、開発候補化合物の取得を達成し、特許出願を実施できたことです。テーマ提案の検討から約9年、何度もプロジェクトが中止になりそうになりましたが、特許出願まで至ることができ、喜びもひとしおでした。

    • 自分が携わった医薬品が上市されたことです。医薬品の開発は十数年の期間をかける上、成功確率が非常に低く、携わるプロジェクトの中でも開発を中断したものがいくつもあります。その中で、実際に自分がかかわった試験が医薬品承認の資料として使われているのを見ると、感慨深いものがありました。

    • 「君はどの製薬会社のMRよりも貢献してくれているから、医薬品を切り替えようと思う」とドクターからお言葉をいただいたことです。ドクターだけでなく、看護師や薬剤師まで様々な方に情報提供していたことを評価いただき、本当に嬉しかったですね。

    • エクロックゲルの添付文書を改訂したことが、印象に残っています。市販後に収集した副作用情報をもとに、「副作用」の項目に新たな情報を追記しました。副作用自体はよろこばれることではありませんが、日々の業務が医薬品の適正使用につながることを実感できた瞬間です。

    • 科研製薬の医薬品をなかなか使用していただけなかったドクターと面会を重ね、関係構築をしていく中で相手のニーズを把握。共催でのWEB研究会を企画・準備・運営した結果、よろこんでいただき、無事医薬品を採用いただいたことが嬉しかった出来事です。

    • MRという職種は直接モノを売らないという珍しい職種で、なかなかエンドユーザーである患者さんの声を聞く機会はありません。そんな中、フィブラストスプレーを使った患者さんのご家族が、「ずっと治らなかった床ずれが治った」とよろこばれていたことをドクターから聞いた時は嬉しかったです。

    • 病院での製品説明会で私が提案した方法で処方を開始していただき、結果的に高い治療効果につながったことです。ドクターから「この前教えてくれた方法で患者さんに投与したら、すごく良くなって患者さんもよろこんでいたよ」と聞き、MR冥利に尽きるその言葉に少し泣いてしまいました。

  • 正直会社をやめたいと思った瞬間はありますか?

    • 子どもが生まれてからは仕事と家庭の両立に日々忙しく、毎日時間が足りないと思いながら働いています。そんな時に、業務が重なったり、トラブルが発生したりして心身ともに疲れた時には、やめたいと思うことがありますね。

    • 会社をやめたいと思うほど、つらいと感じたことはありません。ただ、入社から半年間は自分が未熟だったため、会社に貢献できている実感がなく、歯痒いと感じた時期はありました。業務をこなすうちに、スキルが向上し、そうした想いを感じることはなくなりました。

    • 担当していたプロジェクトが中止になり、その後いくつかのプロジェクトサポートを転々とした時期は転職を考えました。今考えると若手に様々な経験を積ませることが目的だったと思いますが、当時はモチベーションが上がりづらかったことを覚えています。

    • やめたいと思ったことはありませんが、他の製薬会社がうらやましいと思ったことはあります。まだ20代の頃、他社に勤める友人からプロジェクトリーダーを任されていると聞いた時は、早く自分もそうした役割を担いたいと感じました。

    • 同期や近い年代の社員がやめてしまうことで、職場で気軽に相談できる人がいなくなった時はやめようかと考えたことがあります。あとは、他社MRと話をしていて、その会社の製品を魅力的に感じ、売ってみたいという気持ちになったこともあります。

    • 退職を検討したことはありません。しかし、同僚や先輩がやめてしまった時に、このままで良いのかと不安になったことは、正直ありますね。ただ、当時から仕事にはやりがいを感じていましたし、隣の芝生は青く見えるものだと考えて今に至ります。

    • 違う職種にチャレンジしたかったこともあり、退職を考えたことはありますが、現在は上司・同僚に恵まれ、またスキルアップの機会も頂いているので、やめるつもりはありません。

  • 取引先や上司から言われて印象に残っている言葉は何ですか?

    • 「自分には能力がない、自分は欠けていると思うかもしれないけど、すでに十分。ありのままで良い。ダメな部分もさらけ出すと楽になるよ」という言葉です。仕事と子育て、慣れない業務で辛かった時期に上司からこの言葉をかけてもらい、肩の力が抜けて楽になりました。

    • 「部長が、私のことをこんな風に褒めていたよ」と先輩に教えてもらったことです。その先輩だけでなく、他の人からもさり気なく褒めてもらえる環境でした。今思えば私のやる気を引き出す作戦だったのでしょうが、成功していたと思いますし、私も人の良いところを伝えることを意識するようになりました。

    • 配属当初、新人ながらにたどたどしくも情報提供を行い、なんとかドクターに医薬品を採用いただいたことを上司に報告。その時に、「君が頑張ったから、その病院の患者さんは科研製薬の医薬品が使えるんだ。仕事の先には患者さんの笑顔があるんだよ」と言われたことは今でも印象に残っています。

    • ドクターから「フィブラストスプレーは誇りだ」と言われたことがあります。それまでフィブラストスプレーを使ったことがなかった先生に採用いただいた結果、植皮レベルの傷がきれいに治ったと報告をいただき、感謝されたことは嬉しかったです。

    • 「研究は真摯で、前向きであるべきだ」という言葉が印象に残っています。試験ではなかなか期待した通りの結果を得られず、ついネガティブな気持ちになってしまうこともあります。しかし、前向きな思考で向き合わなければ、成功もしないと思うきっかけになりました。

    • 「どんなに素晴らしい医薬品も、MRがいなければ患者さんには届かない」という言葉です。医薬品は適切な情報を伴って患者さんのもとに届くことで、初めて意味のある製品となります。MR職の役割の重要性を感じました。

    • 治験を実施してくださった歯科医師からいただく「リグロス、たくさん使っているよ」という言葉です。治験から何年経っても、連絡を取ると多くのドクターが最初にかけてくださる言葉で、担当した薬剤が医療現場で役に立っていることを実感します。

    • 「多汗症は重篤な疾患ではないが、その患者さんはとても苦しんでいる。だから、この治験を成功させて、早く承認させてほしい」とエクロックゲルの治験を実施していた頃、治験責任医師のドクターから言われ、自分の仕事に誇りを持てました。

  • 最後に学生へのメッセージをお願いします

    • 色々な製薬会社がありますが、科研製薬の良いところは人の良さと得意領域が明確なこと。大手と比べると競合他社が限られるところです。また、MR・学術職では他の製薬会社では経験できないオペの立ち会いもできるので、科研製薬ならではのキャリアを歩むことができますよ。

    • 私は入社後、人に恵まれたと感じることがたくさんありました。仕事をする上で、人と接する場面は必ずある。だからこそ、何をするかよりも、誰と働くかが重要です。科研製薬は、魅力ある上司や先輩と共に成長できる会社だと思いますので、ご応募お待ちしております。

    • 科研製薬は入社して間もない若手のうちから、責任ある業務を本当に任せてもらえます。もし、キャリアの早期から大きな役割を担い、たくさんの経験を積みたいと考えている学生の方がいれば、イメージ通りの仕事ができると思いますよ。

    • 入社前後で思い描いたことと違う点は、誰にでもあると思います。しかし、ひとつ言えることは、科研製薬はやりがいをもって働ける会社だということ。それは、間違いないと思います。壁にぶつかった時に、助けてくれる人もたくさんいるので、人としても成長できるはずです。

    • 臨床開発の仕事は医薬品をつくる仕事の中で、数少ない「医療現場で活躍できる」職種です。科研製薬では、治験計画の立案から申請資料の作成まで、様々な業務を経験できます。ひとつの医薬品により深く関わって、成長できる会社ですので、ご応募いただければ嬉しいです。

    • 科研製薬は若手のチャレンジを見守り、支えてくれるような企業風土がある会社です。ぜひ、私たちのチームの一員となって、自分たちが主体となり、研究テーマを動かしていくワクワク感や、世界初・日本初の製品を生み出す達成感を一緒に味わいましょう!

    • 就職活動はまさにお見合いで、企業が学生を選考する一方的なものではなく、学生の方々もまた企業を選考する側です。ぜひ、科研製薬を志望する方には、私たちの良いところを探してもらえればと思います。一緒に働ける日を楽しみにしています。

    • 科研製薬は自分がこうなりたい・こうしたいという明確な考えがあり、それを言葉にして伝えられる人間なら、会社は実現する機会を与えてくれると思います。チャレンジ精神を持つ学生の方が、科研製薬に興味を持ってくれることを願っています。