ポリオキシン複合体とポリオキシンD亜鉛塩
ポリオキシンは化学構造が互いに類似する14の成分が発見されています。
現在、農薬として2つの有効成分(ポリオキシン複合体、ポリオキシンD亜鉛塩)が登録・販売されております。ポリオキシン複合体はポリオキシンBを主体とする複合成分で、ポリオキシンD亜鉛塩はポリオキシンDを主成分とする亜鉛塩になります。各々その生物的活性や物理化学的性質が異なっております。
有効成分名 | ポリオキシン複合体 | ポリオキシンD亜鉛塩 |
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成分特性 | ポリオキシンBを主体とする複合成分 | ポリオキシンDを主成分とする亜鉛塩 |
作用機作 | キチン生合成阻害剤(FRACコード19) | |
殺菌活性 | 有り (アルタナリア病害に強い) |
有り (リゾクトニア病害に強い) |
ハダニ・スリップス活性 | 有り | 弱い |
ポリオキシンの作用機構
ポリオキシンは植物病原菌の細胞壁構成成分であるキチンの合成中間体(UDP-N-アセチルグルコサミン)と類似した構造になります。ポリオキシンが菌体内に取込まれるとこの中間体が蓄積され、キチン合成酵素の拮抗的阻害を引き起こすことが判明しています。
(FRACコード19)耐性マネージメントの観点から、ポリオキシンは他に無い唯一の作用機構を有し、病害防除ローテーションの一剤として期待できます。
植物病原菌の生活環とポリオキシンの作用適期
ポリオキシンを取り込んだ植物病原菌の胞子は、細胞壁形成が阻害されると発芽管が伸長せず球形に膨潤化し、発病が抑えられます。また、菌糸の伸長も同様に阻害されるため病斑部の拡大が阻止されます。
ポリオキシンは、病気の発病前から発病初期まで効果を有し、特に菌糸先端の伸長抑制と胞子形成抑制効果に優れます。(治療および予防効果)
QoI剤耐性きゅうり・うどんこ病への効果(ポット試験)
科研製薬株式会社 2009年
ポリオキシンは独自の作用機構を有しており、他剤耐性菌にも優れた防除効果を示します。
従って薬剤ローテーションの一剤として高い有効性が考えられます。
ハダニの生活環とポリオキシン複合体の作用適期
ハダニ | 生育ステージ | |||
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成ダニ | 卵 | 幼虫 | 若虫 | |
活性有無 | × | △ | ○ | ○ |
作用 | 殺成ダニ作用なし | 成ダニ時の活性成分 吸汁による産卵数減少 (殺卵活性なし) |
脱皮阻害 (薬液接触および浸達した 植物体からの成分吸汁) |
作用ステージは、ハダニの幼虫~若虫に対する脱皮阻害活性が認められます。
ポリオキシン複合体の殺ダニ活性スペクトラム
科研製薬株式会社 2001年
生育段階 | LC50 | ||
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ナミハダニ (Tetranychus urticae) |
カンザワハダニ (Tetranychus kanzawai) |
ミカンハダニ (Panonychus citri) |
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幼虫~若虫 | 14.2ppm | 14.8ppm | 59.4ppm |
成虫 | >500ppm | >500ppm | >500ppm |
卵 | >500ppm | >500ppm | >500ppm |
ポリオキシン複合体のハダニ活性は、Tetranychus属に高い効果を示します。対して、Panonychus属には効果が劣ります。サビダニ、ホコリダニは活性が低いため、期待できる効果は認められておりません。
ポリオキシン複合体の殺ダニ活性
ポリオキシン複合体の非散布葉面に寄生したナミハダニの殺ダニ率(インゲン葉)
科研製薬株式会社 2007年
供試薬剤 | 幼虫・若虫死虫率(%) | ||
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濃度(ppm) | 葉表・葉裏寄生 | 葉裏散布・葉表寄生 | |
ポリオキシン複合体 | 200 | 97.0 | 98.8 |
無処理区 | – | 3.4 | 1.0 |
ポリオキシン複合体は浸達性がある為、虫体に直接散布されなくても経口摂取によって幼虫および若虫に活性を示します。
ポリオキシン複合体のハダニに対する産卵抑制効果
ポリオキシン複合体の作用により雌成虫の産卵数の減少が認められます。
科研製薬株式会社 2007年
既存殺ダニ剤抵抗性ナミハダニに対する防除効果
ポリオキシン複合体は、既存IGR系統薬剤の抵抗性ハダニに対しても高い効果が認められます。
科研製薬株式会社 2007年
スリップスの生活環とポリオキシン複合体の作用適期
スリップス | 生育ステージ | |||
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成虫 | 卵 | 幼虫 | 蛹 | |
活性有無 | × | △ | ○ | 不明 |
作用 | 殺成虫作用なし | 成虫時の活性成分 吸汁による産卵数減少 (殺卵活性なし) |
脱皮阻害 (薬液接触および浸達した 植物体からの成分吸汁) |
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ポリオキシン複合体のスリップスに対する殺虫活性
JA全農 営農技術センター 農薬研究室 2008年
供試薬剤 | 希釈倍率 (倍) |
濃度 (ppm) |
幼虫死虫率(%) | ||
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ミカンキイロ アザミウマ |
ミナミキイロ アザミウマ |
ネギアザミウマ | |||
ポリオキシンAL 水溶液 |
2,000 | 250 | 100 | 100 | 100 |
20,000 | 25 | 100 | 100 | 96.3 |
ポリオキシン複合体のネギアザミウマに対する殺虫効果試験
鳥取県農林総合研究所園芸試験場 2010年
ポリオキシンの有用生物に対する影響
ポリオキシンは訪花昆虫や有用昆虫に対して影響が少ないと考えられますが、カブリダニに対しやや影響が有り、各製剤において散布と放飼期間を3~14日間空ける必要があります。
ポリオキシンの人畜への影響と環境安全性
ポリオキシンは、細胞壁の構成成分であるキチン質を有する糸状菌に対して特異的に活性を示すことから、細胞壁を持たない動物やセルロースまたはペプチドグリカンを細胞壁の構成成分とする植物に対して毒性がきわめて低い事が判明しております。
また、ポリオキシンは農業用の殺菌剤としてのみ使用され、細菌感染症に用いられる医薬や獣医薬用の抗菌剤とは作用機構が異なっており、キチン質の無い細菌に対して全く抗菌活性を示さないことから、医薬分野で問題となっている抗菌剤の交叉耐性を引き起こす可能性は非常に低いと考えられます。
環境中では土壌微生物により容易に分解されます。土壌中における半減期は一週間以内の易分解性であることが確認されており、長期残留の心配はありません。
ポリオキシンの特別栽培農産物への取り組み
ポリオキシンは天然素材原料を用いて微生物を培養し、この培養液中から分離・抽出したものです。その製造工程には化学合成の手が加えられておらず、発酵生産技術を利用して生産した天然物質農薬であり、化学合成農薬ではありません。
従いまして、地域の特別栽培農産物に対する取り組みも積極的に行っております。